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物語がブランドを育てる──“日本のIP”が世界のマーケティングを変えるとき

日本発IPの物語がブランド資産になる時代を、最新動向と事例で読み解きます。

マクドナルドの「ハッピーセット」にポケモンカードが再登場、あまりの人気で「手に入れられなかった」と悲しむ親子の姿がTVニュースで取り上げられたのはごく最近のこと。いっぽう、あの「GG」のロゴとともに「ドラえもん」を堂々とニットのデザインに取り込んだグッチや、「ハウルの動く城」のキャラクターをハイクオリティなレザーアイテムにあしらったロエベなど、ハイブランドも日本生まれのマンガ・アニメ・ゲームなどのIP(知的財産)に熱視線を送っています。日本のIPは単なるコンテンツの枠を超え、マーケティングの“資産”として活用され始めているのです。

 

IPがマーケティングにもたらす破壊力の強さを、筆者自身もマーケターとして体感したことがあります。「ルパン三世」の劇中に登場するコンパクトカー「フィアット500」を売り出す際、日本で制作された実写版映画とコラボ。特別色の「トミカ」を販売店限定で配布したところ、大人気となり来場が急増しました。自動車の実車1台プレゼントキャンペーンやTVCM、映画試写会などを絡めたのが奏功してか、ラインナップ老朽化で販売減は必須と思われていた状況ながら、前年を上回る実績を残すことができました。

 

世界的にも、IPビジネス自体が成長市場として注目されており、コンテンツ配信のボーダレス化によってその規模は年々拡大。キャラクターライセンス商品市場を見ても日本発コンテンツの存在感は際立っています。「ポケットモンスター(ポケモン)」は累計売上約11兆円(約1,137億ドル)とされ、ディズニーの「ミッキーマウス」や「スター・ウォーズ」などを凌ぎ史上最大のメディアミックスIPとなっているほか、「ハローキティ」、「アンパンマン」、「機動戦士ガンダム」など日本生まれの作品が上位を占めています。

 

これは、低価格グッズを大量展開するライセンシング戦略、ビデオゲームやカードゲームなど他分野との融合、翻訳等の現地化を通じて国内外で重層的に収益化する仕組みといった、日本発のIPが長年かけて培ってきた強みが要因です。近年はディズニープラスによる海外発アニメーションや中国スタジオの台頭も著しいといわれますが、物語性や世界観に富んだ日本のコンテンツIPは、世界のZ世代を中心とするファンにとって大きな価値を持ち続けています。

コンテンツから“ブランド資産”へ──世界で広がるIP活用の歴史

作品IPのブランディング/販促活用には長い歴史があります。まずはグローバルと日本の歩みを簡潔にたどります。

 

源流は1930年代のウォルト・ディズニー。商標ライセンスを制度化し、1933年の「ミッキーマウス腕時計」を大ヒットさせ、“キャラクターで製品を売る”仕組みを早期に確立しました。

 

日本ではテレビ普及が進んだ1960年代に本格化。草分けは1963年の国産初TVアニメ『鉄腕アトム』で、スポンサーの明治製菓はマーブルチョコ連動の応募施策を実施。フタ2枚で当たるシールに連日数万通が殺到し、アニメ×菓子のメディアミックスの先駆けとなりました。

 

1970年代には日本独自の「メディアミックス」が定着。その象徴が1979年『機動戦士ガンダム』で、モビルスーツのプラモデル(ガンプラ)が空前のブームに。発売から数年で累計1億個超を販売し、アニメが関連商品の巨大市場を生み得ることを証明しました。

 

1990年代後半には日本発アニメIPがグローバル施策に進出。代表が1999年のバーガーキング×ポケモンで、約2カ月にわたり日替わり57種の玩具を配布。ポケモンボール型容器は累計2,500万個超が生産され、全種集めたい熱狂で即日品切れが続出するなど、ファストフード史上最大級のプロモーションと評されました。

IPコラボの多様化と高価格商品への波及

2000年代以降、キャラクターIPコラボはスポーツやアパレルなど多業種へ拡大。2018年のadidas Originals×『ドラゴンボールZ』は悟空やフリーザの名バトルを落とし込んだ7型を順次発売し、箱を揃えると一枚絵になる仕掛けも話題に。2009年にはNTTドコモの限定機「SH-06A NERV」(エヴァンゲリオン携帯電話、約10万円)が予約開始5時間で完売、増産を経て計3万7500台を販売。高額でも“世界観”が付加価値を生む好例となりました。

 

SNS時代の代表例として、日清カップヌードル「HUNGRY DAYS」(2019–2020)。『ONE PIECE』のキャラクターを現代高校生に置き換えたCMが毎回SNSで大反響となり、広告をエンタメ化してブランド想起を押し上げました。

 

近年はラグジュアリーにも波及し、グッチ×『ドラえもん』(2021)、ロエベ×『ハウルの動く城』(2023)などが定着。ロゴ誇示より“物語を身にまとう体験”が評価されています。ディズニーの基盤に日本のメディアミックスが重なり、90年代以降は大量販促から体験価値重視のコラボへ。いまやIPコラボは多業種で単発ではなく戦略の一部として運用されています。

IP活用がもたらす“時間軸と関係性”の再構築

ここで注目したいのは、IPコラボがもたらすブランドと消費者の関係性の変化です。かつてのタイアップは販促キャンペーン的な“一過性”の色彩が強いものでしたが、現代のIP活用は「連続性のある文脈資産」として機能し始めています。すなわちキャラクターや作品の世界観を媒介に、ブランドが中長期的にファンとつながり続けるストーリーを紡げるかが重要になってきたのです。

 

例えば前述したUCC上島珈琲と『エヴァンゲリオン』のコラボは、長年にわたり断続的に展開されてきた関係性構築の好例です。作品の節目ごとに缶コーヒーという日常接点を更新し、“次の章を一緒に迎える”体験を重ねてきました。

 

同様にマクドナルドとポケモンの協業も世代を超えた関係性づくりに成功しています。マクドナルドのハッピーセットでは度々ポケモンのおまけが配布され、いまや子どもたちの定番イベントです。ポケモンというIP自体がゲーム・アニメ・カードと世代ごとに進化しながら25年以上続く「生きた物語」であり、それにブランド側が寄り添い続けることで、ファンにとってブランドもまた物語の一部になっているのです。

 

ファッション分野のユニクロUTも、単発の売上以上に「ファンとの継続的な関係づくり」に成功している例と言えるでしょう。UTは毎シーズンのように人気アニメ・マンガとのコラボTシャツを発売しており、「今回はどの作品が来るかな?」とファンが待ち構える恒例行事になっています。

 

「また次もある」という連続性が、ファンにとってブランドとの接点を思い出深いものにし、語り継がれる体験となっています。強力なIPを取り入れたマーケティングは「売って終わり」ではなく「共に育つ」関係性を築きやすいのです。「このキャラとこんな歴史がある」「みんなでこんな思い出を共有している」といった文脈によって、ファンとの接点がより深く長続きするのです。

“意味のある物語”を持ったブランドが選ばれる時代に

製品スペックや価格で競争しても横並びになってしまい差別化が難しい今の時代、最終的に「なぜそのブランドを選ぶのか」を決めるのは、消費者の共感や愛着といった感情的な要素になりつつあります。好きなキャラクターの世界観に浸れる体験を提供してくれるブランドは、単なる商品以上の“意味”を持つ存在となるのです。それはもはや「モノ」ではなく「コト(体験)」を売っていると言えます。

 

日本のキャラクターIPが世界中で愛されている理由も、キャラクターが単なるマスコットではなく強い思想や世界観を持っているからです。ポケモンには「冒険と友情」という普遍的テーマがあり、ジブリ作品には「自然との共生」や「勇気と自立」というメッセージが宿っています。そうしたイデオロギーや価値観に共鳴する部分が大きいからこそ、人々はキャラクターに熱狂し、その関連商品にも思い入れを持ちます。

 

ブランド側はその点を深く理解し、IPが持つ意味を尊重した形で取り入れることが重要です。ただコンテンツの人気に便乗してキャラをプリントするだけでなく、「なぜそのIPと組むのか」という物語を自社の理念と結びつけて発信できるブランドが、これからは選ばれ、生き残っていくでしょう。

 

拡大を続けるコンテンツIP市場の中でも日本の作品群は突出した存在感と豊かなストーリー性を持っています。今後ますます多様な業界で日本発IPとのコラボが生まれ、マーケティング・プロモーションの世界で輝きを放つことは間違いありません。マーケターとして、この潮流を見逃す手はないでしょう。単なる商品説明ではなく意味のある物語を纏ったブランドこそが人々の心に残る時代――日本のIPが秘める物語の力を借りて、自社ブランドに新たな命を吹き込むチャレンジをぜひ続けていきたいものです。

 

Text:田中誠司

●プロフィール

 

田中 誠司(Tanaka Seiji) / PRストラテジスト、ポーリクロム代表取締役、PARCFERME編集長

 

自動車雑誌『カーグラフィック』編集長、BMW Japan広報部長、UNIQLOグローバルPRマネジャー等を歴任。1975年生まれ。筑波大学基礎工学類卒業。近著に「奥山清行 デザイン全史」(新潮社)。モノ文化を伝えるマルチメディア「PARCFERME」編集長を務める。