人は何のために店に行くのか。ECが普及し、デリバリーも手軽になったいま、「店に行く」という行為自体に意味が求められている。大手チェーンはプライベートブランド(PB)開発に注力し、売上を牽引してきた。一方で地方密着型の小売店は、“来店する理由”を商品や体験そのものに見出している。
定番なのに日替わり?マルトが仕掛ける「地元×特別感」
福島・いわき市の地場スーパー・マルトは、地元食材を活かした惣菜やスイーツで知られる。店頭のショーケースには、果実を惜しみなく盛り付けたタルトや、社員が仕上げを担うスイーツが並ぶ。赤や橙、緑のフルーツが重なり合うビジュアルは華やかで、見た目からして特別感がある。実際に口にした人からは「旬のフルーツがあふれるように広がる」と評され、その完成度は“スーパーの域を超えている”とも言われている。

ファンが選ぶ『ご当地スーパーグランプリ2025』(出典=PR TIMES)
名物の「さつまチーズベイク」は、ベイクドチーズケーキの土台に角切りの地元産サツマイモをふんだんに使った商品。2025年の「ご当地スーパーグランプリ」でグランプリを受賞し、毎週土曜日限定でいわき市内5店舗に並ぶという仕掛けが人々の注目を集めている。
味わいだけでなく、この商品の魅力は物語性にある。2021年に始まった「日本一さつまいもプロジェクト」で高校生とともに苗植えから関わった背景が、地域と共に育てたスイーツとしての顔を持たせているのだ。
スイーツ以外にも工夫が光る。「常磐ものづくし」と名付けられた握り寿司は、全国スーパーマーケット協会の「お弁当・お惣菜大賞2025」の寿司部門で優秀賞を受賞した。一見すると定番の握り寿司だが、その実態は少し異なる。使われるネタは、その日に地元港で水揚げされた魚介に合わせて変化するのだ。
スーパーの寿司といえば、サーモンやマグロといった固定されたネタが並ぶのが一般的だが、この寿司は同じ名前でも中身が毎日違う。定番でありながら日替わりという意外性こそが「常磐ものづくし」の魅力であり、“いつもの店”に新鮮な楽しさを添えている。
こうした取り組みによって、マルトの売り場は日常と特別のあいだを行き来しながら、地元の人々を飽きさせることなく、通い続ける理由を生み出してきたのだろう。
「北海道を愛する」をデザインするサツドラ
地元に愛されるというのは、商品の品質や価格だけではない。北海道を地盤とするドラッグストアチェーン「サツドラ」を中核にもつサッポロドラッグホールディングスは、自らのビジョンとして「ドラッグストアビジネスから地域コネクティッドビジネスへ」を掲げている。店頭には北海道産の原料を使ったプライベートブランドや、店舗名を冠したパッケージが並び、日常の買い物が“ここでしか味わえない北海道”を体験する場となっている。

EZOCAアプリのリニューアルを支援(出典=PR TIMES)
ユニークなのは、北海道共通ポイントカード「EZOCA(エゾカ)」である。サツドラをはじめとする道内の提携店で買い物をすればポイントが貯まり、そのポイントは牧場や美術館、温泉街といった地域の施設でも利用できる。カードやアプリを通じて、日常の消費行動そのものが地域経済を支える仕組みとなり、「自分の買い物が北海道を育てている」という感覚を生活者に自然と芽生えさせている。
さらに象徴的なのが「サツドラFES」である。2017年に始まったこのイベントは、単なる販促セールではなく、音楽やスポーツ、食を通じて地域を祝う“祭り”として位置づけられている。2024年には来場者数が1,7万人に達した。地域の小売企業が主催するイベントとしては異例の規模だ。サツドラが“買い物の場”を超えて地域の暮らしそのものを盛り上げる存在になっていることを示している。
サツドラは「北海道を愛する」体験をデザインしている。だからこそ人々は、薬や日用品を買うだけでなく、地域の一員であることを実感するために足を運ぶのだ。
地産地消から「地元愛」へ
地元で採れた食材を地元で消費する「地産地消」。その言葉が広く意識されるようになった大きな契機が、2011年の東日本大震災である。被災地を「食べて応援しよう」という動きが全国に広がり、地元のものを選ぶ行為は、単なる“産地表示”の確認にとどまらず、人と地域をつなぐものへと変わっていった。
時を同じくして、「道の駅」やJA直売所の存在感も高まりを見せ始める。日本最大級の直売所であるJA糸島の「伊都菜彩」は、地元だけでなく近隣都市からの集客により、いまや年間売上高が40億円(2020年度、JA全中調査)にのぼる。売場いっぱいに地元の野菜や果物、加工品が並び、来店そのものがイベントになる。従来のスーパーのように「必ず欲しい商品がある」ことではなく、“今日は何があるかな”という期待感が人を呼び込んでいるのだ。
こうした動きがある中で、GMS(総合スーパー)やコンビニは地元密着よりもPB(プライベートブランド)開発を戦略の主軸に置いた。地産地消を武器に進化していったのはむしろ中小のスーパーだった。
実は「地場野菜コーナー」を設ける取り組み自体は新しいものではなく、約30年前にヤオコーやヨークベニマルといった地域スーパーが始めている。しかし近年の地産地消は、単なる“棚”では終わらない。生産者の顔や思いを前面に出す仕掛けや、POPやイベントを通じた物語性の演出など、消費者に「ここで買いたい」と思わせる体験として進化した。マルトやサツドラもその一例だ。
その進化を極端なまでに体現しているのが、山梨・北杜市の「ひまわり市場」である。一店舗だけの小さなスーパーながら、店に足を踏み入れると「八ヶ岳のビックリ箱」と呼ばれる理由がすぐにわかる。地元農家の野菜や果物が鮮度そのままに並び、地元産の加工品や惣菜まで揃う。さらに、富山湾から鮮魚を直送するなど「なぜ八ヶ岳の麓にこんな商品があるのか」という驚きを添えている。こうした、地元でも“ここでしか出会えない”品々が売場を満たしている。
さらに目を引くのが演出だ。POPには社長自らが書いたユーモラスな言葉が踊り、時には店内放送で社長が「炎のマイクパフォーマンス」で店頭に並ぶ商品への愛を語る。こうして、買い物という行為が“エンターテインメント”に変わるのだ。
小売店はその人ごとに好みがあり、「あのスーパーが好きだから行く」といった“推し活”的な選び方がある。いわば、スーパーやコンビニという「箱」そのものを応援する「箱推し」(アイドルやコンテンツの世界で“グループ全体を推す”ことを指す)に近い感覚だ。
だが、ご当地アイドルが地域を沸かせたように、小売の世界でも地元愛をくすぐる“店推し”が新しい集客の仕掛けになりつつある。地元愛を感じられる店づくりが、人を呼び込む理由になっている。効率や合理化が進む時代だからこそ、人々の地元への思いは深まっていくのかもしれない。
Text:相馬留美
●プロフィール
株式会社メディアチューニングラボ 代表。ジャーナリスト。
立命館大学卒業後、株式会社ダイヤモンド社で経済誌「週刊ダイヤモンド」の記者となる。その後フリーランスを経て起業。ビジネスメディアの企画編集に携わる。小売業界、金融業界の執筆多数。