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「村上隆」と「カイカイキキ」が切り拓くアートビジネスの世界

たとえば村上隆は、現代アートを商業と思想の両面で世界に通用させた代表例として挙げられる日本人アーティストでしょう。村上のアプローチは、現代のアーティストが経済性と理念性の両立にどう向き合うかを象徴するものです。彼だけでなく、奈良美智、草間彌生、チームラボなど、現在日本で活躍する多くのアーティストが、商業的な成功と思想的なメッセージを行き来しながら、時代にフィットする表現を模索しています。

 

あるインタビューで村上が「迎合ではなく翻訳をするんです」と語っていたことがあります。アートを「売る」ことは、決して思想を捨てることではない。彼にとって、それは思想を翻訳し、構造化することによって、より多くの人に届ける試みなのです。

本稿では村上隆の歩みをたどりつつ、現代におけるアートとビジネスの新たな関係性を掘り下げていきます。

 

村上隆は「スーパーフラット理論」の提唱者として知られ、日本のポップカルチャーを現代アートとして再構成するスタイルで、国際的に成功を収めてきました。芸術批評者からは「商業主義への屈服」と受け取られることもありましたが、村上自身は、むしろ積極的にアートの「商業的構造」を再編成しようとしていました。

 

彼は自身の制作スタジオを法人化し、「アートの総合商社」とも称されるカイカイキキ(Kaikai Kiki)という企業形態を築き上げました。このスタジオには100人規模とも言われるスタッフが在籍し、絵画制作からイベント運営、グッズ販売に至るまで一貫して手がけています。大量生産と徹底したマネジメント体制によって、アートをビジネスとして機能させているのです。この手法はアンディ・ウォーホルが工房(ファクトリー)で大量生産を行い消費社会を作品に取り込んだ戦略にも通じます。

 

村上は、大衆文化と高級芸術を自在に横断する「翻訳者」としての顔も持っています。彼は江戸期の浮世絵や日本画から、「ドラえもん」をはじめとする現代の漫画・アニメに至るまで、日本の視覚文化の文法を深く理解しています。それらサブカル的要素と現代美術の高度な文脈を行き来し、両者を違和感なく融合させる作品を生み出し、若い世代を含む幅広い層の共感を獲得しているのです。

 

その商業的な成果はオークション市場でも明らかで、2008年には《My Lonesome Cowboy》が約15億円で落札。近年では米ナイキ傘下のデジタルファッション企業RTFKT(アーティファクト)とともにNFT(非代替性トークン)アートプロジェクト「Clone X」を展開し、デジタル空間でも高額取引を成立させています。

ポップとラグジュアリーの交点:ブランドが村上隆に惹かれる理由

村上隆のこうしたアプローチに、世界のトップ企業やブランドも熱い視線を注いできました。彼がこれまで手がけたコラボレーションは、美術ファン以外にも強烈な印象を与えています。

 

特に有名なのが、2003年に実施されたルイ・ヴィトン(Louis Vuittonとのコラボです。当時アーティスティック・ディレクターだったマーク・ジェイコブスに招かれ、ルイ・ヴィトンのモノグラムにカラフルなキャラクターやお花模様を取り入れたデザインを発表しました。村上のポップで鮮やかな世界観は世界的大ヒットに。これにより彼の名声は飛躍的に高まり、「商業主義」と「芸術」の境界を積極的に横断するモデルケースとも評されました。

スイスの高級腕時計ブランドであるウブロ(Hublotとのコラボとして2021年に発表された「クラシック・フュージョン タカシ・ムラカミ」シリーズでは、村上のアイコンであるニコニコの花(お花畑)が時計の文字盤やデザインに取り入れられました。ブラックを基調にしたモデルや、レインボーカラーのサファイアケースのモデルなど、アートピースさながらの限定腕時計は発売と同時に完売し、コレクター垂涎の逸品となっています。

これらの成功例から見えてくるのは、村上隆という存在が企業ブランドに「文化的付加価値」を提供しているという点です。彼の作品はカラフルで親しみやすく、サブカルチャー的なキャッチーさがありますが、その裏には美術史や社会批評的な視点が込められています。そのため、高級ブランドにとっては自らの商品を単なる物販ではなく「文化や物語を帯びたもの」に昇華させることができるのです。

 

実際、コラボ商品はバッグや時計といったアクセサリーでありながら、美術作品としての存在感を放ちます。若い世代はそうした「アート×プロダクト」のストーリーに憧れを抱き、SNSで進んで情報発信するため、ブランドにとっては広告以上のバイラル効果を生みます。また村上自身のフランクなSNS発信はZ世代(1990年代後半~2010年代生まれ)の親近感を呼び、結果的にアーティストとブランド両方のファンコミュニティ形成につながっています。

 

Z世代の多くは暗号資産やデジタルガジェットに親しみ、オンライン上での自己表現やコミュニティ参加を重視します。村上はZ世代を代表するポップスターであるビリー・アイリッシュのMVアニメーションを手がけたり、人気ストリートウェアとのコラボを行ったりと、ソーシャルメディアでバズる要素を次々と投入しています。

アートと企業が今、関係し合う理由 — そしてZ世代・NFTが担う役割

結果として、彼の周りには常にデジタル世代の話題が絶えず、生きた伝説でありながら “現在(いま)”を更新し続ける、希有なアーティスト像を確立しています。そうした、社会的トレンドの中核を担う世代との交流を通じて、村上は常に時代の先端を見据えて活動しており、NFTアートのブームが起き始めた2021年前後から、自身の作品をブロックチェーン上で展開することを試みています。

 

まず注目すべきは、RTFKT(アーティファクト)とのコラボプロジェクトです。2021年に発表された「Clone X – X Takashi Murakami」は、メタバース上でアバターとして使える20,000体の3DキャラクターNFTコレクションで、村上隆はそのキャラクターの目や口、髪型、服装など細部のデザインに携わりました。彼の描くマンガ風の瞳やポップな造形要素は、Clone Xキャラクターの希少な属性(いわゆるMurakami Dripと呼ばれるパーツ)として組み込まれ、コレクターたちの熱狂を誘いました。

 

村上は、自ら手掛けたNFTコレクション「Murakami.Flowers(村上フラワーズ)」を2021年に発表。彼の代表的モチーフであるカラフルな笑顔の花をドット絵(ピクセルアート)化した作品群で、ファミコン世代には懐かしい8ビットゲーム風のルックが特徴です。続く2022年には「Murakami.Flowers 2022」をリリース。全11,664点ものNFTが108種の花模様×108種の背景の組み合わせで生成されており、108という数は仏教における煩悩の数に由来しています。発売当初からOpenSea(NFTマーケットプレイス)で高値がつき、一部は数十万ドル相当で取引されるなど注目を集めました。

アート体験を通じて、「いまイケている文化」に敏感な世代の共感と購買意欲を高めたい企業と、有能なアーティストとの関係はこれまでになく密接になり、互いにメリットを享受できるwin-winの関係を構築しています。アーティストは企業からの支援やコラボ収入によって創作活動の幅を広げることができ、企業はアートの持つ創造性や文化的価値を自社ブランドに取り込むことで、時代に即した魅力を発信できます。特にデジタル技術の進歩とグローバルなSNSの普及により、優れたコラボレーションは瞬時に世界中へ伝播し、従来にはないスピードで新たな市場を切り開くことが可能になりました。

 

その接点において「Z世代」と「NFT」が重要なキーワードです。Z世代は消費トレンドの牽引役であり、彼らの関心を引くことがこれからの市場獲得の鍵となります。彼らは生まれながらに現実世界とオンラインとをシームレスに行き来し、サブカルチャーからハイカルチャーまでボーダーレスに楽しむ傾向があります。ゆえに、企業がアートとのコラボで生み出すプロダクトも、フィジカルとデジタルの両面で訴求していく必要があるのです。村上隆が自身の花モチーフをユニクロのTシャツ(フィジカル)にもNFTコレクション(デジタル)にも展開しているように、同じ文化価値をリアルとバーチャル双方で提供する動きが今後ますます重要になるでしょう。

 

NFTはまさにその橋渡しとなる革新的ツールです。デジタルアートを唯一無二の資産として流通させられるNFT技術は、アートとテクノロジー・金融を結びつけ、新たな市場とコミュニティを生み出しました。企業はNFTを通じて美術品的な価値訴求やコミュニティ形成を図り、アーティストはそのプラットフォームで新しい表現と収益モデルを獲得する——そのような共生関係が芽生えつつあるのです。

 

品質や機能だけで物が売れる時代は過去のものとなり、消費者は製品に物語性や共感できる価値観を求めます。そこで力を発揮するのがアートの持つ物語性・創造性です。企業はアートを纏うことで製品に魂を吹き込み、他社にはない独自のブランド世界を作り上げます。

 

一方アート側も企業との協業で大衆への訴求力を増し、新たな創造の機会を得ます。そしてZ世代はその接点において、双方を繋ぐ触媒のような存在です。彼らはSNSでブランドとアートのコラボを拡散し、時にミーム化して独自の楽しみ方を創出します。そうして生まれた熱狂やコミュニティは企業にとって将来の大きな財産となり、ブランドの次世代顧客を育てる土壌となっていくのです。

 

クリエイティブな仕事に従事する人間がイマジネーションを高いレベルで発揮しようと思えば、商業的に成功して自らの見聞を深め、ネットワークを広げることも欠かせません。商業と思想。そのバランスの上で、多くのアーティストたちは今も挑戦を続けています。アートは変わらず「伝える」ものであると同時に、「届かせる」ための方法もまた、変化し続けています。そこにこそ、RE:Connectが大切にしたい「感性を社会に接続する」価値があるのではないでしょうか。

 

Text:田中誠司

●プロフィール

 

田中 誠司(Tanaka Seiji) / PRストラテジスト、ポーリクロム代表取締役、PARCFERME編集長

 

自動車雑誌『カーグラフィック』編集長、BMW Japan広報部長、UNIQLOグローバルPRマネジャー等を歴任。1975年生まれ。筑波大学基礎工学類卒業。近著に「奥山清行 デザイン全史」(新潮社)。モノ文化を伝えるマルチメディア「PARCFERME」編集長を務める。