CONTACT US

遠藤久美子が長編AI映画『マチルダ 悪魔の遺伝子』に託したもの

20年ずっと抱いた構想がAIとの出会いで現実に

20年以上前、事故の後遺症と精神的な混乱のなかで“降りてきた”ひとつの物語。それは長い間、スケッチブックの中で眠り続けていた。しかしバルセロナで迎えたコロナ禍、そしてAIという技術との出会いが、その物語を現実へと引き戻す。遠藤久美子の原点や数々の転機を振り返りながら、「多動な才能」の正体を紐解いた前編に続き、後編では初監督にして長編AI映画『マチルダ 悪魔の遺伝子』を完成させた彼女が、作品の構想や制作の裏側、AIとの向き合い方、そして込めたメッセージについて語る。

20年ずっと抱いた構想とAIが出会う必然

後編のインタビューでは、長編AI映画『マチルダ 悪魔の遺伝子』に迫っていきたいと思います。遠藤さんの中で20年以上も前から構想があったということで、念願の作品化ですね。

2000年に物語がフォルダのような形で降りてきたときに、映画1本と2本目の冒頭までの内容がすでにありました。これまで何回も引っ越しをしてきましたが、いつもデスクの横にはそのアイデアを書き留めた黄色いスケッチブックが置いてある状態で、ずっと気にはなっていたんです。でも形にするスキルも時間も体力もない。言い訳ですが仕事をしながらやろうと思っても集中できなかったですし、何で作ったらいいかもわからなかったので。それがやっと2020年から動き出すことができました。

コロナ禍で再び気持ちが動いたのは、何か特別なきっかけがあったのですか?

それはぜひ映画を観てもらえたら、ああそういうことかみたいな感じで、現実と物語が繋がると思います。コロナ禍で、これはどこまでがフィクションで、どこまでが現実か、自分の中でもわからなくなる瞬間がありました。これは「始まったということ……?」という感覚になったんです。

そのタイミングで、AIという想像を具現化できるテクノロジーが追いついた。

「もう作れ」って言われているような気がして。たとえば20年前にこの作品の映像を作ろうと思ったら、まず企画を考えて、投資家を集めて、CG満載の作品だったら10億とか20億を集めないとできない。でも私みたいな誰かもわからない新人の監督に、お金を出す人なんていませんよ。だから20年という年月を寝かして、初めてそのタイミングが来た。長生きして良かったって思いましたね。

あと私は人が財産で、物語の一部のMVみたいなものをパワポで作って、クリエイティブのプロの仲間たちに見せてみたら、「これすっごい面白い、ヤバいよ」とか「これはYouTubeにUPするとか、そんなレベルの話じゃないから大事にしな」とか言ってくれて。じゃあまずは物語を文章でも書いてみるねって最初の構想であった7ページから、新たに300ページまで一気に書いて小説を作りました。

あと知り合いからカフアという女性のクリエイターを紹介されて、すぐ意気投合したので「バルセロナにおいでよ!」って言ったら、犬を連れて本当に来てくれて。彼女はAIも使えたので、そこから1ヵ月一緒に住んで最初の叩きを作ったのが25分ぐらいのショート作品。その上映会を、六本木のSEL OCTAGON TOKYOでやりました。AIなら頭の中に降りてきたあのフォルダを、開くみたいにして映像にできるのが、最初は本当に衝撃的でした。

AIとふたりだけで作り上げた長編72分

映画制作はそこから具体的にどのような流れでスタートしましたか?

やっぱりAI時代にクリエイターは引く手あまたなので、どんどんギャランティは上がっていく。ショートを作ってくれたカフアを6ヵ月キープして作る予算なんて私にはないし、「もう自分でやるしかない!」ってなったのが今年。今回の映画を作ったのは私ともうひとりだけで、彼はいまだにレストランの店員をやっていて、テックオタクなのでプログラミングは得意だけどふたりとも素人なので、まずは4月にAdobeのアカウントを作りました。笑えるでしょ? そんな段階からのスタートです。

AIに対してまったくの素人だからこそ、思い切れる強さもあるように感じます。

新しいことってワクワクするし、知らないから恥をかいちゃうかもみたいな気持ちが、自分にはもともとないかもしれません。というのも小さいころからテレビをあまり見せてもらえない家で、見られたとしてもドキュメンタリーとかニュース。世論的なものと無縁で育ったので、人がどう思うかとかをほとんど気にせずに育ってきました。大事なのは私が満足しているかどうか、私が楽しいかどうかで、承認欲求もないですし、新しいことをやるときの躊躇みたいなものもまったくありません。

映画は最終的に72分の長編になりましたが、そのような形になった経緯は?

まずバルセロナの家の向かいにタレントのMEGUMIさんが住んでいて、作品の話をしたら気に入ってくださって、MEGUMIさんがプロデューサーを務める「JAPAN NIGHT in Cannes 2025」(2025年5月開催)にトレーラーを出してくれました。そうしたらそれを見たレイザー・リール・フランダース映画祭の創立者であるパトリック(・ヴァン・ハウワート)が気に入ってくれて、「出品してみないか?」と言ってくれたんです。

ただし条件として、「長編にできないか」と。「短編は商用にならない。100本作ろうが趣味で終わり。1分でも60分を超えられれば必ず作品を上映する」と言われて、よしやってやろうみたいな感じで火がつきました。面白いから作ってこいって言われたら、作りますとしか言えないですよね。

でもデッドラインが決まっているわけで、今年の5月に言われて、10月に映画祭があるから9月の頭には納品しないといけない。それでも“目指せ60分”で5月からスタートして、もうひとりのパートナーと仕事から帰宅してから夜中のもう無理っていう時間までひたすら作りました。なので映画は、パトリックの期待に応えるための72分であり、パートナーの睡眠と引き換えに手に入れた72分ですね。

▲レイザー・リール・フランダース映画祭のパトリック・ヴァン・ハウワート。

楽しませるエンタメとはばかれる現実をコンバイン

AIによる、初めて尽くしの映画制作で感じた難しさや面白さを教えてください。

今回はふたりというミニマムなチームで制作したので、それは強みと弱みの両方があったと思います。しんどくなれば喧嘩になることもありましたが、一方では関わる人が少ないことで伝えたい主張が薄まることなく作れた部分もあって。プロが集まれば作品のクオリティは上がりますが、今回の私みたいに何もかも初めての場合は、正しい指示の出し方にもスキルがいる。そこは今後鍛えていかなきゃいけないと思いつつも、今回はふたりだからできたこと、うまくいった部分が多かったですね。

「西暦2222年」「悪魔の遺伝子」「マチルダ計画」「人類のシフトアップ」など、映画にはさまざまなキーワードがありますが、そこに込めたテーマや、世界に伝えたかったことは?

結局いま、戦争をする人たち、ジェノサイドする人たち、自分だけが儲かろうとする人たち。富裕層とか言われて成功者なのかもしれないけれど、言葉を変えれば独り占めですし、困っている人がたくさんいるのにそんなにいらないじゃん、結局それも「悪魔の遺伝子」なのかなと思うわけです。

だから映画の物語に共鳴するところがあって、その意味で必ずしもフィクションとは言えない。人間の中にある「悪魔の遺伝子」がなくなれば世の中が変わるし、お腹がいっぱいになったら攻撃しない、満足したらそれ以上は欲しがらない──そういうことだけで平和活動とかしなくても、良くなることがあるんじゃないのって。この物語を通じて、“価値観を変えたい”っていうのはすごくあります。

価値観を変えるためのフォーマットとして、映画がふさわしかった。

映画の中には暴力の現状を数字で表す場面が出てくるのですが、その中に女性器切除に関する数字も出てきて。そんなとんでもないことがアフリカや東南アジアではいまだに存在していて、WHOなどが動いて法律で禁止しているけど、なくなるどころか年間に何千万人も被害が出ています。

そんな行為は残酷すぎてニュースにならないし、日本人の多くはその事実すら知らない。そしてテレビのドキュメンタリーなどで取材に行ったからって世界に浸透しないと思います。だから私は観る人を楽しませるエンタメと、ニュースで言うのがはばかれるような現実をコンバインしたかった。

例えばその行為を世界から撲滅させようとしたときに、反対の声が多かったらできるはずだけど、ドキュメンタリーを作ってもたいして観られないでしょう。私がやりたいのはただのエンタメでもないし、NPOの平和活動のようなものでもない。新しいスタイルの社会活動をしたいと思っています。

事故を乗り越え、音楽やビジネスの世界を渡り歩き、世界を巡り、AIと出会い、映画を作った。 遠藤久美子の人生は「自分に降りてきたイメージは何だったのか」という問いとともにあったが、それはいま『マチルダ 悪魔の遺伝子』という形になり、私たちの前に差し出されている。 「悪魔の遺伝子がなくなれば──」という言葉は、物語の余韻として静かに残り、観る者の価値観を揺さぶるだろう。遠藤久美子はこれから、エンタメと現実を映画で結びつけながら、社会を動かしていくのかもしれない。

Instagram > 
映画オフィシャルサイト(上映情報はこちらから)

1月23日(金)から1週間、ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場でも上映決定
詳細は劇場公式サイトから

Photo:後藤 薫
Interview&Text:ラスカル(NaNo.works)

遠藤 久美子

長野県出身。TVCM等で1,000本超の歌唱・語りに参加しつつ、コンサル・PR会社の経営など、さまざまな事業を横断。2025年、俳優・声優・撮影を使わず全編生成AIによる映画「マチルダ・悪魔の遺伝子」を制作(監督・原案・脚本)。AIFJ2025特別上映や海外映画祭招待を経て劇場公開。スペイン・バルセロナ在住。

INTERVIEW LIST