SNS時代の「行きたくなる」空間設計
オリーブヤングの店舗でまずひときわ目を引くのが、店内の大型デジタルサイネージです。緑が印象的なブランドロゴや最新の韓国コスメ広告など次々と切り替わる映像は、「韓国コスメの聖地に来た!」という高揚感をかき立てます。その体験は思わずSNSで共有したくなる衝動も引き出し、訪れたこと自体が一つの魅力的なコンテンツとなる仕掛けです。
2024年に人気エリア聖水(ソンス)にオープンした最新店舗は、外壁にも巨大なサイネージが導入され、「SNS映え」する体験に敏感なZ世代などを中心に「ここに行ってみたい」という来店動機を生み出していることでしょう。
商品陳列にも工夫が凝らされています。自社開発のプライベートブランド(PB)と韓国や海外の人気ブランドコスメが、ジャンルを問わず横一線に並べられており、来店者は直感や好みで「自由に選ぶ楽しさ」を味わえるのです。
さらに、各商品には豊富なテスターや鏡、洗面台なども備えられています。実際に手に取り、試しながら比較検討して……と、リアル店舗ならではの「五感」を通じた購買体験も魅力です。
近年、韓国をはじめ世界的に、検索で自分が欲しい商品を探すのではなく、新しい商品との偶発的な出会いを楽しむ「発見型コマース」が注目されつつあります。オリーブヤングは実店舗でその機会を創出し、「店に行けば、新たなお気に入りが見つかるかも」という顧客の期待感を高めていると言えるでしょう。
購買意欲を逃さないオン・オフのシームレスな連携
オリーブヤングのもう一つの強みは、ECとリアル店舗のシームレスな連携です。同社は早い段階からオムニチャネル施策(OMO)を強化し、顧客がいつでもどこでもストレスなく買い物できる環境を構築してきました。
その代表例が、2018年に業界で初めて導入した即配サービス「オヌルドゥリム(”今日の夢”を意味する)」です。オンライン注文商品を最短3時間以内に配送するもので、店舗在庫を活用しているため、オンライン上は品切れでも近隣店舗に在庫があれば注文可能です。深夜や早朝に注文しても翌日配送されるなど、多様な生活スタイルに対応する柔軟さには驚かされます。

さらに、「オヌルドゥリムピックアップ」というサービスでは、注文商品を送料無料で近隣店舗に配送し、好きなタイミングに受け取ることができます。来店のきっかけづくりや、受け取りの「ついで買い」の誘発にもつながり、店舗と顧客双方にメリットがあります。
そして注目したいのは、公式アプリの「スマートスキャナー」機能です。店頭の気になる商品のバーコードをスマホで読み取ると、価格や在庫状況、レビューなどをリアルタイムで確認できます。比較検討しやすく、欲しいときにすぐ最適な選択ができるこの機能は、顧客の購買意欲を逃さず、店舗に行く新たな価値も生み出していることでしょう。
カスタマイズされた体験で「ちょっと寄りたくなる」店へ
Z世代をはじめとした現代の若年層は、「自分に合うかどうか」「自分らしさ」を重視する傾向があります。こうしたニーズに応えるように、オリーブヤングでは顧客ニーズに合わせてカスタマイズされた体験型サービスが続々登場しています。
例えば、聖水店に設置された高精度の肌診断マシーン「Skin Scan Pro」は、来店者が自分で肌質や状態などをチェックできます。希望すれば、スタッフがカウンセリング専用アプリを使い、診断結果に基づいた肌にぴったりのアイテムも提案してくれるのです。このサービスを体験した顧客の方が未体験者より商品購入につながりやすいというデータもあり、オリーブヤングでは今後、韓国内で全国展開を見込んでいるとのことです。
店内にはほかにも、目や唇などワンポイントのメイクアドバイスやフルメイクアップ、パーソナルカラー診断が受けられるコーナー、自分だけのアイシャドウパレットが作れるコーナーなども設置され、無料で体験できます。こうしたパーソナライズされたサービスは商品を購入する予定がなくても、「ちょっと立ち寄ってみようかな」という心理が刺激されますよね。
「一度きり」にさせない、世界にリピーターを増やす仕掛け
いまや韓国を訪れる外国人観光客にとって、オリーブヤングは「絶対に行くべきスポット」の一つとなっています。日本でも「オリヤン」の愛称で親しまれ、Kビューティーのインフルエンサーたちが日々SNSでその魅力を投稿しているのは、目にしたことがある方もいらっしゃるでしょう。
中でもソウルの中心地にある「明洞(ミョンドン)グローバル」店は、来店客の90%以上が外国人観光客で、グローバル対応が徹底されています。例えば、英語・中国語・日本語の3言語に対応した商品説明、多言語対応が可能なスタッフや携帯用翻訳機の配置、パスポートをスキャンするとその場で免税処理ができるセルフレジなど、旅行中でもストレスフリーで買い物できる環境が整えられています。

さらに、店内に設置された「グローバル会員サービスラウンジ」では、QRコードをスマホで読み取るだけで、簡単に海外向けEC「オリーブヤンググローバル」の会員登録ができます。登録者は、コスメサンプルなどの入会特典がもらえるほか、ECの割引クーポンなどが後日送付されるのです。来店をきっかけに築いた観光客との関係を「一度きり」で終わらせることなくリピーター化する、先進的な体験設計が施されています。
オリーブヤンググローバルは現在150カ国への発送に対応しており、2025年上半期の売上は前年同期比で70%増を記録し、確実に成果を上げています。実店舗で人気の商品がECでも売れ筋となる、あるいはECの人気商品を国内店舗に逆輸入されるなど、オンラインとオフライン、国境も越えた購買行動が展開されています。
リアル店舗は「また行きたくなる」体験で選ばれる
オリーブヤングは、広告宣伝の分野でも「体験価値の最大化」を重視しています。例えば、毎月25〜27日の3日間開催される「オリーブヤングデー」では、会員向けの商品割引や無料サンプルの配布などを実施。さらに人気キャラクターやブランドとのコラボによるポップストアの展開、K-POPイベント「KCON」への大型ブース出展といった、ファンとの接点を増やすエンタメ性の高いプロモーションも継続的に行い、「店舗にも行ってみたい」と思わせるブランドイメージを醸成しています。
そうした積み重ねが功を奏し、同社の売上高は2020年から2024年にかけて約2.6倍に拡大。インターブランドの『Best Korea Brands 2024』で、初のトップ50入り(31位)を果たし、サムスンや現代自動車など名だたる大企業とも肩を並べる存在に成長しつつあります。
五感を刺激する空間演出、スマートで自由な購買環境、一人ひとりに寄り添うサービス、越境リピーターを増やす仕組みーーオリーブヤングはECの利便性とリアルのワクワク感を融合させながら、店舗をただの販売拠点から「体験価値を提供する場」「また行きたくなる場」へと進化させました。
多くの小売業が「どうすればリアル店舗に来てもらえるのか」という課題に直面しています。その中で、「この店に通いたい」と思う理由をどうつくり出していくのか。オリーブヤングのマーケティング手法には、EC全盛時代を生き抜くヒントが詰まっているのではないでしょうか。
Text:吉田裕美
●プロフィール
吉田 裕美(Yoshida Yumi) / フリーランス・ライター
1981年生まれ。金融機関での勤務を経て、2016年より現職へ転身。書籍、キャッチコピー、Webコンテンツ、プレスリリース、メールマガジン、コラムなど、様々なジャンルの執筆に携わる。近年は、サステナビリティや資産運用に関する記事制作も多数担当。